イスラエルの農業展に出展しました。
イスラエルは三千年前に建国されました。しかし、二千年前にローマ帝国に滅亡させられました。
それ以後、ユダヤの人々は世界各地に離散し、流浪の民になりました。
しかし、第二次世界大戦後、1948年に再び、イスラエルを建国しました。
その後、世界中に散っていたユダヤ人が、続々とイスラエルに帰ってきました。
しかし、ただ一国、帰ってこない国がありました。
それは日本でした。
日本各地にユダヤ人が来たという伝説があります。
例えば、青森に戸来という地名がありますが、「へらい」は「ヘブライ」から来ているとも言われ、ユダヤの人達がそこへ住みついたともいわれています。
平成21年1月14日、15日とイスラエルのテルアビブで大規模な農業展がありました。

(株)フローラは、HB-101を出展し、世界中から来た農業関連事業者や農業人に、HB-101をアピールしました。
HB-101を知っているとか、使っているという人もいました。
HB-101を使っている人が、HB-101のすごさを農業展に来た人達に熱をこめて話してくれました。
私が、この農業展のためにイスラエルへ行くと言うと、日本ではそんな危険な所へ行かないほうがいいと誰もが言ってくれました。ちょうど、イスラエルがガザへ大攻撃をかけている真っ最中でした。
農業展のあるテルアビブから紛争地のガザまで約85㎞でした。
乗ったタクシーの運転手は、「ガザのことは全く別の国の出来事のようだ」と言っていました。
テルアビブは、市街地も地中海も、なにもかもが平穏に感じられました。

日本から行ったのは私一人ですが、ユダヤ人の学生4人が手伝ってくれました。一人の女子大生は、2年間の兵役義務を終えて、今、政治学科の2年生だと言っていました。十年後の総理大臣をめざしていると言っていました。兵役義務は男子が3年、女子が2年だそうです。

世界中の展示会に出ていますが、だいだい、どこでも千人に三人ぐらいの人が日本語で話しかけてきます。しかし、ここイスラエルの展示会では千人に百人ぐらいの人が日本語で話しかけてきてくれました。
もちろん、片言だけの日本語ですが、なかには完璧な日本語を話す人もいました。
「あなたは日本のどこから来ましたか?」と聞かれて、「名古屋と大阪の間です。」と答えると、「何県ですか?」と、また聞かれ、「三重県です。」と答えました。
イスラエルは農業に力を入れている国で、あらゆる農産物がイスラエル全土で作られています。
また、「キブツ」という農村共同体が各地にあり、私有を否定し、生産、消費、教育を共同で行っています。
「キブツ」では日本にある「ヤマギシズム」のような集団生活をしています。
今回の農業展を見にきた、地元のイスラエルの人達は、かなり熱心にHB-101に取り組んでいくと言っていました。
また、海外から来たアフリカの人達や、中南米の人達も、HB-101を今後の食料危機を救う人類救済の決めてだと言っていました。

