HB101 社長ブログ

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新潟県の魚沼市、南魚沼市、佐渡にも、HB-101自社農場が続々と・・・。おいしいお米が出来ると思います。

新潟には昭和48年以降よく行っています。

 

私の友人の羽賀不二夫君の家が新潟の南魚沼の浦佐にあります。

昭和48年に彼の家へ行った時、羽賀君のお母さんの「・・・・・・だんだんが・・・・・・」という話の間に入る"だんだん"という言葉に興味をひかれました。

 

"だんだん"は島根県では"有難う"の意味であり、一般的な"だんだん"は"徐々に"の様な意味だと思います。

しかし、羽賀君のお母さんの「・・・・・・だんだんが・・・・・・」は、「・・・・・・・だから・・・・・」という意味だそうです。

 

羽賀君の家では、家の外にある五右衛門風呂に入りながら、満天の星を見たことを今でも鮮明に覚えています。

 

私の長女の那奈も、今年の3月23日に卒業するまで、新潟大学の歯学部で勉強させていただきました。

 

また、清野正男さんは新潟県の佐渡の人で、昭和48年当時、東京の学校でよく彼の熱弁を聞いていました。。

その当時の彼は、とにかく元気な人だという印象がありました。

その彼に、昨秋、魚沼市の旧入広瀬村で、35年ぶりに会いました。

 

 そんな、新潟の人とのつながりで、今年から魚沼市と南魚沼市と佐渡市に(株)フローラの

自社農場が出来る様になりました。

 

3月7日、8日、9日と、魚沼市、南魚沼市、佐渡市に行ってきました。

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3月7日は魚沼市の旧入広瀬村で、魚沼市市議会議員の佐藤貞一さんの田圃、5反を、(株)フローラの農場として使わせていただく契約書に調印しました。

 また、佐藤栄一さんの田圃も5反、(株)フローラの農場として使わせていただく契約に調印しました。

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そのあと、三輪佳孝さんや清野正男さん、佐藤貞一さん、佐藤栄一さんなど、関係者全員で食事しながら懇親会をしました。

そこでは、佐藤貞一さんが作った密造酒?の"どぶろく"が、しこたま、ふるまわれました。

 

 この魚沼市の旧入広瀬村は冬には例年、6メートルの積雪がある所です。今年は少なめの雪でしたが、3月7日には『雪中行軍』の行事がありました。 

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私も"どぶろく気分"のまま雪の降る中、笠をかぶって、その行軍に参加しました。

 

雪中行軍の終着点では酒や食べ物や、汁物がふるまわれ、

踊りなどのイベントが行なわれていました。

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************************* 

 

3月8日には南魚沼市で、羽賀不二夫君の小学校・中学校時代の同級生で、南魚沼市市議会議員の関常幸さんが役員をつとめる(有)ウラコウさんより、2町6反の田圃を(株)フローラの農場として使わせていただける話が進みました。

八海山が見える素晴らしい所です。

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さぞや、HB-101でおいしい『魚沼産こしひかり』が出来ることでしょう。

 

 

そして、その日、フェリーで佐渡に渡りました。

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佐渡に着いたその日の夕刻、小田誠さん、金子輝雄さん、後藤国臣さんの片野尾とき舞株式会社より、1町歩を(株)フローラの農場として使わせていただく契約に調印しました。

 

あくる日、(株)フローラの農場に決まった所を数ヶ所案内していただきました。

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いたる所にトキを保護し、育成する為のさまざまな配慮がありました。

 

きっとHB-101で、とても、おいしい佐渡のトキ米が出来ると思います。

 

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雪のニュルンベルグのオーガニック展に出展しました。

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ドイツでは各都市が競い合う様に、見本市会社を持ち、大規模な見本市を開いています。

 

ハノーバー、フランクフルト、デュッセルドルフ、ニュルンベルグ等々の各都市が、例えばハノーバーメッセという会社を持って、特色のある見本市を開き、世界各国から出展者や参加者を集めています。

メッセというのはドイツ語で見本市という意味です。

日本でも千葉の幕張メッセ、仙台の夢メッセ、新潟の朱鷺メッセ等、メッセという言葉が使われています。 

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今年の2月19日から22日まで、ドイツのニュルンベルグで、オーガニック展に出展しました。

平成15年の2月より毎年、この「Bio Fach」という名前のオーガニック展に出展しています。

 

「Bio Fach」は別名、「World Organic Trade Show」ともいい、世界最大のオーガニック展です。

 

今年は世界102ヶ国から、2744社が出展していました。

日本からの出展は(株)フローラだけでした。

 

(株)フローラは日本にあるニュルンベルグメッセの子会社から猛烈な勧誘を受け、平成15年の2月より毎年、出展する様になりました。

手伝ってくれる人の手配はいつも、その子会社がやってくれています。

今年、手伝ってもらったのは、ドイツ人と結婚した日本人女性3人とブルガリア人女性1人の合計4人でした。

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今年の見本市会場でも安全、安心の食品や飲料、農産物が多数出展されていました。

それぞれの出展場所の所をブース(Bootn)といいます。

(株)フローラのブースにも世界各国のお客様が来られ、HB-101のすごさを多くのお客様から教えてもらいました。

日本からは2月19日から22日までの4日間で合計21名の日本人の人達に(株)フローラのブースへ来ていただきました。

 

初日の2月19日には女優の杉田かおるさんがドイツに住む妹さんと一緒に私達の所へ立ち寄ってくれました。

伝えられているダーティ?なイメージはなく、子役時代の明るい印象そのままでした。

 

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HB-101で日本と世界の食料危機を解決していくために、積極的に見本市や展示会に出展しています。

日本では、(㈱)フローラは1年間に1000ヶ所以上の見本市や展示会に出展しています。

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日本もドイツも第二次世界大戦の敗戦国です。

戦後、両国とも、戦勝国による裁判を受けました。

 ドイツのニュルンベルグでは、「ニュルンベルグ裁判」が行われました。

日本では「東京裁判」が行われました。

 

タイの元首相のククリット・プラモード氏がタイの新聞"サイヤム・ラット"紙に「十二月八日」と題して、次のように発表しています。

「日本のおかげでアジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは、難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。

今日、アジア諸国が、アメリカやイギリスと対等に話が出来るのは、一体だれのおかげであるのか。それを『身を殺して仁をなした』日本というお母さんがあったためである。十二月八日は、われわれにこの重大な思想を示してくれたお母さんが、一身を賭して重大決意をされた日である。

さらに八月十五日は、われわれの大切なお母さんが、病の床に伏した日でもある。われわれはこの二つの日を忘れてはならない。」と、元首相は日本の犠牲のおかげで、今のアジアの発展があると述べています。

 

 日本は負けたけれども、日本のおかげで、アジアやアフリカの人達が奴隷状態から解放されたのだと世界各国の人達が私に語ってくれています。

 

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新潟県の魚沼市、南魚沼市、佐渡にも、HB-101自社農場が続々と・・・。おいしいお米が出来ると思います。

新潟には昭和48年以降よく行っています。

 

私の友人の羽賀不二夫君の家が新潟の南魚沼の浦佐にあります。

昭和48年に彼の家へ行った時、羽賀君のお母さんの「・・・・・・だんだんが・・・・・・」という話の間に入る"だんだん"という言葉に興味をひかれました。

 

"だんだん"は島根県では"有難う"の意味であり、一般的な"だんだん"は"徐々に"の様な意味だと思います。

しかし、羽賀君のお母さんの「・・・・・・だんだんが・・・・・・」は、「・・・・・・・だから・・・・・」という意味だそうです。

 

羽賀君の家では、家の外にある五右衛門風呂に入りながら、満天の星を見たことを今でも鮮明に覚えています。

 

私の長女の那奈も、今年の3月23日に卒業するまで、新潟大学の歯学部で勉強させていただきました。

 

また、清野正男さんは新潟県の佐渡の人で、昭和48年当時、東京の学校でよく彼の熱弁を聞いていました。。

その当時の彼は、とにかく元気な人だという印象がありました。

その彼に、昨秋、魚沼市の旧入広瀬村で、35年ぶりに会いました。

 

 そんな、新潟の人とのつながりで、今年から魚沼市と南魚沼市と佐渡市に(株)フローラの

自社農場が出来る様になりました。

 

3月7日、8日、9日と、魚沼市、南魚沼市、佐渡市に行ってきました。

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3月7日は魚沼市の旧入広瀬村で、魚沼市市議会議員の佐藤貞一さんの田圃、5反を、(株)フローラの農場として使わせていただく契約書に調印しました。

 また、佐藤栄一さんの田圃も5反、(株)フローラの農場として使わせていただく契約に調印しました。

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そのあと、三輪佳孝さんや清野正男さん、佐藤貞一さん、佐藤栄一さんなど、関係者全員で食事しながら懇親会をしました。

そこでは、佐藤貞一さんが作った密造酒?の"どぶろく"が、しこたま、ふるまわれました。

 

 この魚沼市の旧入広瀬村は冬には例年、6メートルの積雪がある所です。今年は少なめの雪でしたが、3月7日には『雪中行軍』の行事がありました。 

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私も"どぶろく気分"のまま雪の降る中、笠をかぶって、その行軍に参加しました。

 

雪中行軍の終着点では酒や食べ物や、汁物がふるまわれ、

踊りなどのイベントが行なわれていました。

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************************* 

 

3月8日には南魚沼市で、羽賀不二夫君の小学校・中学校時代の同級生で、南魚沼市市議会議員の関常幸さんが役員をつとめる(有)ウラコウさんより、2町6反の田圃を(株)フローラの農場として使わせていただける話が進みました。

八海山が見える素晴らしい所です。

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さぞや、HB-101でおいしい『魚沼産こしひかり』が出来ることでしょう。

 

 

そして、その日、フェリーで佐渡に渡りました。

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佐渡に着いたその日の夕刻、小田誠さん、金子輝雄さん、後藤国臣さんの片野尾とき舞株式会社より、1町歩を(株)フローラの農場として使わせていただく契約に調印しました。

 

あくる日、(株)フローラの農場に決まった所を数ヶ所案内していただきました。

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いたる所にトキを保護し、育成する為のさまざまな配慮がありました。

 

きっとHB-101で、とても、おいしい佐渡のトキ米が出来ると思います。

 

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雪のニュルンベルグのオーガニック展に出展しました。

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ドイツでは各都市が競い合う様に、見本市会社を持ち、大規模な見本市を開いています。

 

ハノーバー、フランクフルト、デュッセルドルフ、ニュルンベルグ等々の各都市が、例えばハノーバーメッセという会社を持って、特色のある見本市を開き、世界各国から出展者や参加者を集めています。

メッセというのはドイツ語で見本市という意味です。

日本でも千葉の幕張メッセ、仙台の夢メッセ、新潟の朱鷺メッセ等、メッセという言葉が使われています。 

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今年の2月19日から22日まで、ドイツのニュルンベルグで、オーガニック展に出展しました。

平成15年の2月より毎年、この「Bio Fach」という名前のオーガニック展に出展しています。

 

「Bio Fach」は別名、「World Organic Trade Show」ともいい、世界最大のオーガニック展です。

 

今年は世界102ヶ国から、2744社が出展していました。

日本からの出展は(株)フローラだけでした。

 

(株)フローラは日本にあるニュルンベルグメッセの子会社から猛烈な勧誘を受け、平成15年の2月より毎年、出展する様になりました。

手伝ってくれる人の手配はいつも、その子会社がやってくれています。

今年、手伝ってもらったのは、ドイツ人と結婚した日本人女性3人とブルガリア人女性1人の合計4人でした。

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今年の見本市会場でも安全、安心の食品や飲料、農産物が多数出展されていました。

それぞれの出展場所の所をブース(Bootn)といいます。

(株)フローラのブースにも世界各国のお客様が来られ、HB-101のすごさを多くのお客様から教えてもらいました。

日本からは2月19日から22日までの4日間で合計21名の日本人の人達に(株)フローラのブースへ来ていただきました。

 

初日の2月19日には女優の杉田かおるさんがドイツに住む妹さんと一緒に私達の所へ立ち寄ってくれました。

伝えられているダーティ?なイメージはなく、子役時代の明るい印象そのままでした。

 

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HB-101で日本と世界の食料危機を解決していくために、積極的に見本市や展示会に出展しています。

日本では、(㈱)フローラは1年間に1000ヶ所以上の見本市や展示会に出展しています。

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日本もドイツも第二次世界大戦の敗戦国です。

戦後、両国とも、戦勝国による裁判を受けました。

 ドイツのニュルンベルグでは、「ニュルンベルグ裁判」が行われました。

日本では「東京裁判」が行われました。

 

タイの元首相のククリット・プラモード氏がタイの新聞"サイヤム・ラット"紙に「十二月八日」と題して、次のように発表しています。

「日本のおかげでアジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは、難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。

今日、アジア諸国が、アメリカやイギリスと対等に話が出来るのは、一体だれのおかげであるのか。それを『身を殺して仁をなした』日本というお母さんがあったためである。十二月八日は、われわれにこの重大な思想を示してくれたお母さんが、一身を賭して重大決意をされた日である。

さらに八月十五日は、われわれの大切なお母さんが、病の床に伏した日でもある。われわれはこの二つの日を忘れてはならない。」と、元首相は日本の犠牲のおかげで、今のアジアの発展があると述べています。

 

 日本は負けたけれども、日本のおかげで、アジアやアフリカの人達が奴隷状態から解放されたのだと世界各国の人達が私に語ってくれています。