HB101 社長ブログ

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ロシアに天才青年が現われました。

 

数年前、三重県伊勢市の女性から、お手紙をいただきました。

 

その数日後に、私は伊勢神宮の外宮さん、内宮さんを参拝した後、おかげ横丁で、その女性の御主人とその女性にお会いしました。

その後、彼女は息子さんと(株)フローラに来社されました。

 

息子さんの名前は"山出峰崇"でした。名前の中に"山"が5つもある素晴らしい青年でした。

昭和五十八年十一月二十五日生まれで、現在、二十五歳ですが、初めて会った時はモスクワ大学の学生で、二十一歳でした。

 

彼は三重県の伊勢市にある皇學館高校一年の時にアメリカに渡り、アメリカの高校を卒業して、アメリカの大学に入り、そのあと、モスクワ大学に編入学しました。

山出峰崇君はモスクワ大学の春休み、冬休み、夏休みにたびたび(株)フローラに遊びに来る様になりました。

そして、ある時、「HB-101をロシアで大々的に広めたい。」と、自分の夢を熱意をこめて語り始めました。

 

私が、「じゃぁ、やってみなさい。」と言うと、彼はたちまちモスクワに戻って、現地法人のフローラ株式会社を作ってしまいました。

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ロシアの(フローラ株式会社の事務所です。

 

そして、月ごとにロシアでのHB-101の売り上げを伸ばしてゆきました。

 

彼が是非、ロシアでのHB-101の状況を見に来て下さいと言うので、平成20年の7月に1週間、モスクワへHB-101の状況を見学に行きました。

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ロシアでのHB-101見本市も大盛況です。

 

 

彼と私がモスクワ市内を車で移動していると、国会議員が通りかかり、そのため、1時間以上も道路が大渋滞になりました。

ソ連時代の悪弊がまだ、今もなお続いているため、そんなことがたびたび起こるそうです。

 

ソホーズ、コルホーズという、ソ連時代の国営農場、集団農場が今でも各地にありました。

一つの農場の大きさが東京ドーム100個分ほどもあるソホーズやコルホーズもありました。

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そんな所でもHB-101は使われていました。

 

また、園芸店でもHB-101は売られていました。

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ロシアの園芸店で売られているHB-101と顆粒HB-101です。

 

 

モスクワの町を歩いているとスターリンみたいな人が近づいてきて「一緒に写真を撮ろう!」、そして500ルーブルくれということでした。

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石油価格も大幅に下がり、ロシアの株価は2年前の5分の1になりましたが、HB-101のロシアでの人気はもの凄く、今年の4月の売り上げは2年前の4月の10倍以上の売り上げを記録しています。

 

天才青年の山出峰崇君が私に「何か自分に出来ることがあるでしょうか?」と聞くので、

「南樺太、全千島、歯舞、色丹、国後、択捉は元々、日本の領土なんだから10年以内に日本へ返してもらう様に是非、君の力で頼むよ。」と、

彼のこれからの手腕に期待をこめて言いました。

 

明治三十七年から三十八年にかけての日露戦争で日本が勝利してから、ロシアの周辺の国々は、大いに喜びにわきました。

 

フィンランドでは、日本海海戦で大勝利した東郷平八郎さんにちなんで"トーゴービール"を作りました。

 

今でも、フィンランドに行くと"トーゴービール"を飲むことが出来ますし、買うことが出来ます。

 

明治三十八年九月のポーツマス条約で、全千島列島、南樺太、歯舞、色丹、国後、択捉は日本領土と決定しました。

しかし、第二次世界大戦後の昭和二十年八月以降、これらの島々は、ソ連が不当占拠し、ソ連崩壊後、ロシアがそのまま占拠しつづけています。