HB101 社長ブログ

head

昔の川を取り戻したくて・・・。故郷の川にアマゴ一万匹を放流しました。

 

私は三重県の人里離れた山村の十社村小原一色(とやしろむら こはらいっしき)で生まれました。*現在の地名は"いなべ市北勢町小原一色" です。                     

ama100011.jpg 

 

病院で生まれたのではなく、自宅で産婆さんにとりあげてもらって生まれました。

 

幼稚園も保育園もなく、いきなり、小学校に入学しました。

小学校の時は、夏休みになると、川の深い所を選んで、そこを少し塞き止めて、学校の先生に"泳ぎ場"として許可をもらってから、毎日、毎日、泳いでいました。

 

上流に人家がないため水は極めて清く、泳いでいる魚がはっきりときれいに見えました。

  

私がその時代にその川で見た魚は、アマゴ、ドンコ(鰍{かじか}の地方名です)、ウナギ、ドロバエ、アカンザ(赤い色をしていて、成魚は10㎝ほどの大きさです。ナマズの一種で、つかもうとして刺されることもありました)、ザッコ(ドンコより細く、小さい魚で川底を這って泳いでいました)の6種類だけです。

 

現在、96歳の村の古老に聞くと、古老の子供の頃にはアユやウグイもたくさんいたそうです。

 

現に"うぐい谷"という地名が残っています。

 

川の名前は小原一色川(こはらいっしきがわ)です。

員弁川(いなべがわ)<町屋川ともいいます>の上流に、貝野川があり、さらに上流の川が小原一色川(こはらいっしきがわ)です。

ama1200011.jpg 

 

小学生の時の夏休みの夕方には時々、"流し"といって太い釣針にえさのミミズをつけて、川の50ヶ所程に仕掛けをしておき、翌朝、午前4時から5時にかけて見に行くと、3本から4本、ウナギがかかっていました。

 

名古屋や大阪から釣りに来た人が、30㎝ほどのアマゴを何匹も釣り上げているのを見たことがありました。

また、アマゴ突きの名人の人が水鏡でアマゴを見ながら、簎(ヤス)で一瞬のうちにアマゴを仕留めてしまう早業にただただ驚いていました。

 

とにかく、魚がいっぱいいた清流でした。 

ama1500011.jpg 

 「水清ければ、魚棲まず」ではありませんでした。

 

 今年の四月の日曜の早朝に秋田犬の"小町"を連れて小原一色川の上流の"うぐい谷"や"本谷"を散歩しました。

ama200011.jpg 

 

そして、川を見ると、あまり、魚がいませんでした。

 

昨年の三月まで、40年間、操業していた砂利会社の影響かもしれません。

「何とかしなくては!」と、思いました。

 

 

アマゴを放流したいと思いました。

 

 

同級生の自治会長の水元俊久君に相談すると、アマゴを放流することは全く問題ないとのことでした。

 

共同研究している近畿大学の來田秀雄先生に相談すると、アマゴは和歌山県の新宮市の近畿大学の養殖場から持ってくることが出来るとのことでした。

 

早速、一万匹のアマゴを6月6日に和歌山県から小原一色まで持ってきてもらう様に頼みました。

 

 

6月6日、アマゴ、一万匹が小原一色の人達の拍手の中、3トン半のトラックに乗って到着しました。

 

ama400011.jpg

ama1400011.jpg 

小原一色の36軒の家から50人もの人達が出迎えてくれました。 

   

そして、その3トン半のトラックを運転してきた、近畿大学の人が、ビニール袋に水を入れ、アマゴを入れ、酸素を注入していってくれました。

ama71.jpg 

そして、五百匹のアマゴを入れたビニール袋が二十袋出来ました。 

ama1700011.jpg

 

それを小原一色の人達が十台の軽トラックに分乗させ、人も分乗して、それぞれの放流場へ持っていきました。 

ama1600011.jpg

 

小原一色の川の上流の"うぐい谷"と、"本谷"と、両方の谷の合流地点から500m下流までの各地点で放流が行われました。

 

小原一色の人達は皆、大喜びでアマゴを放流していってくれました。

ama1900011.jpg

 

ama2400011.jpg

 

ama2000011.jpg

 

子供達にとっても非常に勉強になったのではと思います。

 

今では小原一色にもプールが出来て、私達の子供時代の様に今の子供は川で泳いだりもしないし、川で遊んだりもしません。今回のアマゴの放流体験をきっかけに、子供達が小原一色の清流に親しんでくれれば、本当に嬉しく思います。

 

アマゴの放流をきっかけにふるさとの川をよみがえらせるために、HB-101の1000倍液を点滴の様に流し始めました。

勿論、事前に自治会長より許可をもらいました。HB-101の1000倍液の20ℓ点滴放水箱を、川の5ヶ所に設置しました。

ama2200011.jpg 

HB-101、1ℓを18000円として、20ccのHB-101で360円です。この20ccのHB-101を1000倍液にした20ℓを一ヶ月かかって点滴すると、一箱の一ヶ月あたりのHB-101の代金は360円になります。

 

きっとHB-101で川はアマゴの棲み良い環境になっていくと思います。

 

金魚鉢に入ってる金魚が死にかけている時に、HB-101を一滴、二滴入れると金魚はぐんぐんよみがえってきます。中の水草も本当に元氣になります。

濁った水もHB-101で、きれいに澄んできます。

各地の川や湖や海でHB-101を点滴の様に流していけば、魚は元氣になるし、水草も元氣になるし、水もきれいになっていくと思います。

 

ama2300011.jpg 

 小原一色でのアマゴ放流が大好評だったため、これから百年も千年も、毎年6月の第一土曜日にアマゴの放流をしていくことの了承を自治会長より受けました。

 

 

head

幣立(へいたて)神宮には凄いパワーがありました。

 

5月26日、27日と熊本県へ行ってきました。

 

フジテレビ系列のテレビ熊本で録画を収録するために、5月26日の午前10時過ぎから午後1時半まで、テレビ熊本に滞在しました。

 その録画は6月5日(金)の午後2時35分から2時50分の間の"暮らしの窓"の番組で約13分間ぐらい放映されるとのことです。

 

録画後、テレビ熊本の人に九州財務局まで送ってもらう途中、加藤神社に参りました。

pic_yasiro.jpg

加藤神社は熊本城の隣にあり、加藤清正公をお祭りしています。

pic_zo.jpg 

熊本の人達は加藤清正公を非常に尊敬している印象を受けました。

  

 

九州財務局では総務部長の春山芳司君が出迎えてくれました。

彼はノンキャリアながら九州財務局のナンバー2です。

春山君が、「もう間もなく、滝田君が神戸からやってくる」と、言っていると、滝田君がやって来ました。

春山君が昭和28年1月19日生まれ、滝田君が昭和27年8月5日生まれ、私が昭和24年9月23日生まれで、年齢も違うし、学校も三人とも別々ですが、東京時代から、35年間ずっと交友を続けています。

 

春山君が今から会議が1時間ほどあると言うので、私と滝田君は九州財務局から歩いて数分のところにある熊本城へ見学に行きました。

kumamoto00011.jpg

1時間半ほど熊本城を見学した後、春山君が日本テレビ系列のくまもと県民テレビに連れていってくれました。

 

そこで、予定外のテレビインタビューを受けました。その模様が"生活快増倶楽部"という番組で6月19日午前9時半から9時55分の間に放映されるそうです。

 

午後6時半に私達3人と山都(やまと)酒造(株)の西田末生社長も加わって、食事に行きました。

 

山都酒造(株)は珍しい栗焼酎を作っている会社で、"川瀬"と大きく書いた栗焼酎の一升瓶を西田さんよりいただきました。

この栗焼酎は非常においしく、やみつきになりそうです。

西田さんは酒に強く、私達は4軒もはしごをしてしまいました。

 

5月27日は、春山君は仕事で種子島へ行き、私と滝田君はレンタカーで"幣立(へいたて)神宮"へ行きました。

 

前日、何回も春山君が"幣立神宮"へ行けと勧めてくれました。彼は現在、一ヶ月に2回"幣立神宮"へ行ってパワーをもらってくるそうです。

 春山君は財務省で超多忙のため4ヶ月間、ほとんど寝ずに仕事をして、体をこわし、胃を全部取ってしまったのに、"幣立神宮"のおかげで、超パワーを発揮して仕事に取り組める様になったそうです。

 

熊本市から車で1時間半ほどの宮崎県境に近い所に"幣立神宮"はありました。

kumamoto900011.jpg 

kumamoto1000011.jpg

若い女性に人気のパワースポット、スピリチュアルプレイス、癒しのゼロ磁場地帯とのことで、平日で、雨降りにもかかわらず、若い女性がたくさん、東京や大阪からやってきていました。

 

私と滝田君は春木伸哉宮司の御祓いを受け、宮司からいろいろと日本の素晴らしさを教えていただきました。

kumamoto500012.jpg 

"幣立神宮"の境内の各所を散策していると、確かに、強烈なパワーを感じます。

みるみる力が湧いてくると春山君が言った通りでした。

 

この"幣立神宮"は一万五千年前に出来たという説もある様です。

 kumamoto600011.jpg

 

日本の素晴らしさの数々を教えていただき、強烈なパワーをいただいて、

最高の一日になりました。

 

 

 

head

昔の川を取り戻したくて・・・。故郷の川にアマゴ一万匹を放流しました。

 

私は三重県の人里離れた山村の十社村小原一色(とやしろむら こはらいっしき)で生まれました。*現在の地名は"いなべ市北勢町小原一色" です。                     

ama100011.jpg 

 

病院で生まれたのではなく、自宅で産婆さんにとりあげてもらって生まれました。

 

幼稚園も保育園もなく、いきなり、小学校に入学しました。

小学校の時は、夏休みになると、川の深い所を選んで、そこを少し塞き止めて、学校の先生に"泳ぎ場"として許可をもらってから、毎日、毎日、泳いでいました。

 

上流に人家がないため水は極めて清く、泳いでいる魚がはっきりときれいに見えました。

  

私がその時代にその川で見た魚は、アマゴ、ドンコ(鰍{かじか}の地方名です)、ウナギ、ドロバエ、アカンザ(赤い色をしていて、成魚は10㎝ほどの大きさです。ナマズの一種で、つかもうとして刺されることもありました)、ザッコ(ドンコより細く、小さい魚で川底を這って泳いでいました)の6種類だけです。

 

現在、96歳の村の古老に聞くと、古老の子供の頃にはアユやウグイもたくさんいたそうです。

 

現に"うぐい谷"という地名が残っています。

 

川の名前は小原一色川(こはらいっしきがわ)です。

員弁川(いなべがわ)<町屋川ともいいます>の上流に、貝野川があり、さらに上流の川が小原一色川(こはらいっしきがわ)です。

ama1200011.jpg 

 

小学生の時の夏休みの夕方には時々、"流し"といって太い釣針にえさのミミズをつけて、川の50ヶ所程に仕掛けをしておき、翌朝、午前4時から5時にかけて見に行くと、3本から4本、ウナギがかかっていました。

 

名古屋や大阪から釣りに来た人が、30㎝ほどのアマゴを何匹も釣り上げているのを見たことがありました。

また、アマゴ突きの名人の人が水鏡でアマゴを見ながら、簎(ヤス)で一瞬のうちにアマゴを仕留めてしまう早業にただただ驚いていました。

 

とにかく、魚がいっぱいいた清流でした。 

ama1500011.jpg 

 「水清ければ、魚棲まず」ではありませんでした。

 

 今年の四月の日曜の早朝に秋田犬の"小町"を連れて小原一色川の上流の"うぐい谷"や"本谷"を散歩しました。

ama200011.jpg 

 

そして、川を見ると、あまり、魚がいませんでした。

 

昨年の三月まで、40年間、操業していた砂利会社の影響かもしれません。

「何とかしなくては!」と、思いました。

 

 

アマゴを放流したいと思いました。

 

 

同級生の自治会長の水元俊久君に相談すると、アマゴを放流することは全く問題ないとのことでした。

 

共同研究している近畿大学の來田秀雄先生に相談すると、アマゴは和歌山県の新宮市の近畿大学の養殖場から持ってくることが出来るとのことでした。

 

早速、一万匹のアマゴを6月6日に和歌山県から小原一色まで持ってきてもらう様に頼みました。

 

 

6月6日、アマゴ、一万匹が小原一色の人達の拍手の中、3トン半のトラックに乗って到着しました。

 

ama400011.jpg

ama1400011.jpg 

小原一色の36軒の家から50人もの人達が出迎えてくれました。 

   

そして、その3トン半のトラックを運転してきた、近畿大学の人が、ビニール袋に水を入れ、アマゴを入れ、酸素を注入していってくれました。

ama71.jpg 

そして、五百匹のアマゴを入れたビニール袋が二十袋出来ました。 

ama1700011.jpg

 

それを小原一色の人達が十台の軽トラックに分乗させ、人も分乗して、それぞれの放流場へ持っていきました。 

ama1600011.jpg

 

小原一色の川の上流の"うぐい谷"と、"本谷"と、両方の谷の合流地点から500m下流までの各地点で放流が行われました。

 

小原一色の人達は皆、大喜びでアマゴを放流していってくれました。

ama1900011.jpg

 

ama2400011.jpg

 

ama2000011.jpg

 

子供達にとっても非常に勉強になったのではと思います。

 

今では小原一色にもプールが出来て、私達の子供時代の様に今の子供は川で泳いだりもしないし、川で遊んだりもしません。今回のアマゴの放流体験をきっかけに、子供達が小原一色の清流に親しんでくれれば、本当に嬉しく思います。

 

アマゴの放流をきっかけにふるさとの川をよみがえらせるために、HB-101の1000倍液を点滴の様に流し始めました。

勿論、事前に自治会長より許可をもらいました。HB-101の1000倍液の20ℓ点滴放水箱を、川の5ヶ所に設置しました。

ama2200011.jpg 

HB-101、1ℓを18000円として、20ccのHB-101で360円です。この20ccのHB-101を1000倍液にした20ℓを一ヶ月かかって点滴すると、一箱の一ヶ月あたりのHB-101の代金は360円になります。

 

きっとHB-101で川はアマゴの棲み良い環境になっていくと思います。

 

金魚鉢に入ってる金魚が死にかけている時に、HB-101を一滴、二滴入れると金魚はぐんぐんよみがえってきます。中の水草も本当に元氣になります。

濁った水もHB-101で、きれいに澄んできます。

各地の川や湖や海でHB-101を点滴の様に流していけば、魚は元氣になるし、水草も元氣になるし、水もきれいになっていくと思います。

 

ama2300011.jpg 

 小原一色でのアマゴ放流が大好評だったため、これから百年も千年も、毎年6月の第一土曜日にアマゴの放流をしていくことの了承を自治会長より受けました。

 

 

head

幣立(へいたて)神宮には凄いパワーがありました。

 

5月26日、27日と熊本県へ行ってきました。

 

フジテレビ系列のテレビ熊本で録画を収録するために、5月26日の午前10時過ぎから午後1時半まで、テレビ熊本に滞在しました。

 その録画は6月5日(金)の午後2時35分から2時50分の間の"暮らしの窓"の番組で約13分間ぐらい放映されるとのことです。

 

録画後、テレビ熊本の人に九州財務局まで送ってもらう途中、加藤神社に参りました。

pic_yasiro.jpg

加藤神社は熊本城の隣にあり、加藤清正公をお祭りしています。

pic_zo.jpg 

熊本の人達は加藤清正公を非常に尊敬している印象を受けました。

  

 

九州財務局では総務部長の春山芳司君が出迎えてくれました。

彼はノンキャリアながら九州財務局のナンバー2です。

春山君が、「もう間もなく、滝田君が神戸からやってくる」と、言っていると、滝田君がやって来ました。

春山君が昭和28年1月19日生まれ、滝田君が昭和27年8月5日生まれ、私が昭和24年9月23日生まれで、年齢も違うし、学校も三人とも別々ですが、東京時代から、35年間ずっと交友を続けています。

 

春山君が今から会議が1時間ほどあると言うので、私と滝田君は九州財務局から歩いて数分のところにある熊本城へ見学に行きました。

kumamoto00011.jpg

1時間半ほど熊本城を見学した後、春山君が日本テレビ系列のくまもと県民テレビに連れていってくれました。

 

そこで、予定外のテレビインタビューを受けました。その模様が"生活快増倶楽部"という番組で6月19日午前9時半から9時55分の間に放映されるそうです。

 

午後6時半に私達3人と山都(やまと)酒造(株)の西田末生社長も加わって、食事に行きました。

 

山都酒造(株)は珍しい栗焼酎を作っている会社で、"川瀬"と大きく書いた栗焼酎の一升瓶を西田さんよりいただきました。

この栗焼酎は非常においしく、やみつきになりそうです。

西田さんは酒に強く、私達は4軒もはしごをしてしまいました。

 

5月27日は、春山君は仕事で種子島へ行き、私と滝田君はレンタカーで"幣立(へいたて)神宮"へ行きました。

 

前日、何回も春山君が"幣立神宮"へ行けと勧めてくれました。彼は現在、一ヶ月に2回"幣立神宮"へ行ってパワーをもらってくるそうです。

 春山君は財務省で超多忙のため4ヶ月間、ほとんど寝ずに仕事をして、体をこわし、胃を全部取ってしまったのに、"幣立神宮"のおかげで、超パワーを発揮して仕事に取り組める様になったそうです。

 

熊本市から車で1時間半ほどの宮崎県境に近い所に"幣立神宮"はありました。

kumamoto900011.jpg 

kumamoto1000011.jpg

若い女性に人気のパワースポット、スピリチュアルプレイス、癒しのゼロ磁場地帯とのことで、平日で、雨降りにもかかわらず、若い女性がたくさん、東京や大阪からやってきていました。

 

私と滝田君は春木伸哉宮司の御祓いを受け、宮司からいろいろと日本の素晴らしさを教えていただきました。

kumamoto500012.jpg 

"幣立神宮"の境内の各所を散策していると、確かに、強烈なパワーを感じます。

みるみる力が湧いてくると春山君が言った通りでした。

 

この"幣立神宮"は一万五千年前に出来たという説もある様です。

 kumamoto600011.jpg

 

日本の素晴らしさの数々を教えていただき、強烈なパワーをいただいて、

最高の一日になりました。