オホーツク人は食べたか?「レッドアンデス」、「知床じゃが」。
北海道に、およそ1500年前から、1000年前までオホーツク人が住んでいたそうです。
青森県で理髪業を営んでいた人が
北海道の網走近辺で最初に石器を発見したのは明治時代のことでした。
それ以来、その人は石器、土器発見に魅せられて、北海道へ移り住み、理髪業のかたわら、ひたすら石器、土器採取に取り組んだそうです。
そして、その人が採取した膨大な石器、土器群により、北海道の道東方面に、
その昔、オホーツク人が住んでいたことが判明しました。
オホーツク人はアイヌの人とも違い、また原日本人とも違う様です。
今年は二回も知床に行きました。

この知床より、北方領土を見て思うのは、どうして日本の領土である、千鳥列島、南樺太、国後、択捉、歯舞、色丹が今なおロシアに占領されているのだろうということです。
今年の8月9日に九段会館で行われた「氷雪の門」の上映会では、
たくさんの人達に詰めかけていただきました。
(株)フローラとして、この上映会はとても大切であると考えて応援をさせていただきました。
「氷雪の門」は昭和20年8月9日、日ソ不可侵条約を一方的に破って、ソ連が侵入した時の
樺太での電話交換手の人達の悲話であり、憂国記です。
そして、その昭和20年8月9日以後、日本の領土である千島列島、南樺太、国後、択捉、歯舞、色丹へのソ連の蹂躙(じゅうりん)が続きました。

北海道の知床で、今年からHB-101をたっぷり使って、じゃがいもを5反歩、
栽培することを決めました。
赤っぽいじゃがいもの「レッドアンデス」と、白ぽっいじゃがいもの「知床じゃが」です。
そのキャッチフレーズを、
『オーホック人は食べたか?「レッドアンデス」、「知床じゃが」。』としました。
限りなく日本を愛する私は、日本の食糧自給率が39%、40%、41%と低迷する状況に、
"自分が何とかしなくては!"と、強く思う様になりました。
今までは31年間、ただHB-101を販売するだけで良かったのが、農家人口が減少し、高齢化し、食糧自給率が下降しつづける状況をただ黙って、放置しつづけることが出来なくなくなりました。
それで、(株)フローラもHB-101で栽培する農地を増やし、心ある人達や企業にも耕作農地を増やしていって欲しいと願う様になりました。
そして、農業のための様々な取り組みをする様になりました。
「東北HB-101農業会議」、「東海三県HB-101農業会議」を終えて、
今年の7月12日に北海道の札幌で「北海道HB-101農業会議」を開きました。
北海道全土より、186人の人に集まっていただき、活発に農業会議が行われました。
鈴木宗男氏も是非、参加したかったと言っていたそうです。
北海道だけは食糧自給率が200%と高いのですが、やはり、今後、農業者が減少し、高齢化に向かっていく状況にあります。
そういう中で、HB-101で自ら栽培する農地を増やし、また、心ある人達や企業に農地拡大に取り組んでいただきたいと願っています。
「北海道HB-101農業会議」では、長年、HB-101農業を実践してこられた大槻昌一さんや横澤健二さんに御自分の農業体験を発表していただきました。
また、大槻さんや横澤さんに密着して、HB-101農業を推進してこられた萩原晃さんのお話には、
多くの参加者が感動につつまれました。
<平成21年7月12日・北海道HB-101農業会議 より>
